2015年10月7日

雲の中の急変 その2

In-Flight Medical Emergencies during Commercial Travel.
N Engl J Med. 2015 Sep 3;373(10):939-45.
Nable JV, Tupe CL, Gehle BD, Brady WJ.

2015年9月16日

その2

その1から続き

かわうそ:ここからは、機内の急変にはどんな疾患がありうるのか、それにどう対応すべきかについて各論です。
まずは心停止です。ありそうですけど、0.3%くらいと言われていますので、あんまり巡りあうことはなさそうです。9割位の死亡率とのことでシビアですね。やれることも限られています。救急のABCとAEDくらいです。ふだんの蘇生処置と同じように、20~30分で反応がなければ死亡宣告を考えて下さい。ただ、よく考えてみたら先ほどの救急セットに心電図とかモニターとかが入っていないのでけっこう大変だなって思いますね。
次は急性冠症候群、ACSです。8%くらいらしいです。症状としては、失神、Presyncopyだとか呼吸困難だとかたまには心停止だとかで発見されます。手に入る情報は非常に少ないので、病歴、既往、主訴、身体所見で診断しなければなりません。

かば:無理です。

かわうそ:まあまあ。喰い気味のツッコミありがとうございます。診断も無理ですが、治療も無理っぽいんですよ。まずはアスピリンです。ただ、アレルギーだとか出血だとかがもしあったらと思うと…。院内でするほど安易には出せませんね。あと、ニトロがあります。ただ、もし右室梗塞の場合だと、血圧下がってショックになるのでニトロ禁忌とあります…。

かば:ありがたいことに、「機内では診断できない」とはっきり書いてありますので、これはさすがに免責されますよね?

かわうそ:そうだと信じていますけど…。あとできることといえば、酸素投与です。虚血した組織に少しでも酸素をあげましょう。ただ、これも機内にある量が限られているので、シビアに流量を調節して下さい。一番いいのは飛行高度を下げることのようです。機長に頼んでみましょう。あとは、目的地変更について機長と相談です。
次は、Stroke、脳卒中です。これも大変ですよね。症状が様々ですし、神経学的所見がとれればいいですが、機内でそういう場所があるかどうか。そういえば、ハンマーが入ってないです。ライトはあるかもしれませんが。
治療をどうするかも大問題です。まずは酸素投与と飛行高度を下げることです。組織障害を抑えるためにはこれくらいしかありません。薬としては、先ほどのセットを見なおしてみると…。しめしめアスピリンがありますよ。これを使ってみちゃいましょう、とよろこんで飛びつくなと書いてあります。禁忌です。よく考えたら当然ですよね。梗塞なのか出血なのかわかりませんから。
私はこの情報けっこう身にしみました。この限られた医療資源の中で、何かできることは、と想像した時に、自分ならけっこうすぐに飛びついていましたので。
あと、低血糖は鑑別にあがります。ただし、ここでも問題が…。何とキットの中に血糖測定器が入っていないんですよ。_| ̄|○

かば:低血糖があろうとなかろうと、ブドウ糖をのませてあげてもいいんじゃないですか?

かわうそ:そのとおりですけど、ここでは別の提案がされています。乗客にきっと糖尿病患者がいますので、それを探しだして使わせてもらおうというわけです。CAさんに聞いてもらいましょう。「お客様の中で糖尿病の方はいらっしゃいませんか?」って。

かば:ひどい(笑)

きりん:自分なら父親のを差し出します。測定器も針もブドウ糖も。

かば:はははっ。

かわうそ:それなら安心ですね。でも、針とかあるし機内に持ち込めるんでしょうか?
ここはすごく実践的でリアルな感じで、とてもいいですね。
次は、意識状態の変化です。5%くらいの発症率らしいです。けいれんとか低血糖とか、非常に多岐にわたる原因が考えられます。代謝性、感染性、脳血管疾患、毒、酔っぱらい、低酸素、外傷などなど、なかなか原因診断に至りませんので対症療法にならざるを得ないということになります。相変わらずできることは限られていまして、酸素投与と血糖測定ぐらいです。
失神は非常に多いです。3-4割みたいです。飛行機の中は乾燥して気圧が低いので脱水状態になりやすいので。まずは脱水として、寝かせて足上げて水分を摂らせるというのが、まずするべき、というか唯一の対応と書いてます。

かば・きりん:はははっ

かわうそ:ここまで読んで思ったんですが、これって必ずしも医者が行かないといけない対応なのかどうかって思いますよね。これくらいなら訓練を受けたCAさんがしても十分対応できそうだなってちょっと思ったりします。
外傷も多いです。これもやれること限られています。冷やして、鎮痛薬をあげて、負荷をかけないようにして挙上しておく、ということです。添え木や包帯はあるはずです。ただし、責任問題を考えると、これは疾患だろうが外傷だろうが同じなんですが、頻繁にアセスメントして、悪化しないかどうかをチェックしろ、ということです。ここでミスると法的な責任問題に発展しかねません。つまり、一度診てしまうと、その後何時間も拘束されるということです。短時間のフライトならいいですが、12時間のフライトで最初の方に呼ばれてしまうと…。

きりん:よし、お酒飲もう!

かわうそ:まあ今回のように学会へ行く飛行機なら、他に医療関係者が乗り合わせているんでしょうから、協力しあってもいいかもしれませんね。
あと、家族とか友達とかと一緒の時の場合、「お前なんで行かないの?」みたいなプレッシャーがあったり、かっこいいとこ見せたいな、とかいう邪念がからんだりして、ちょっと複雑な様相を呈しそうですね。

その3へ続く