2015年9月10日

病歴聴取について その2

Clinical problem-solving. A history lesson.
N Engl J Med. 2015 Apr 2;372(14):1360-4
Barbee LA, Centor RM, Goldberger ZD, Saint S, Dhanireddy S.

2015年8月20日

その2

その1から続き

かわうそ:次の情報ですが、やっぱり喉の違和感は続いているみたいです。リンパ節もはれたままで、扁桃切除しても、嚥下痛なんかも出てきています。
初診から4ヶ月たって、感染症のクリニックに紹介されています。そこで初めて、詳細な問診がされています。特に性行為についてです。最初は否定されたんですが、さらに詳しく聞いたところ、「he reported that he had performed oral sex on a man approximately 6 weeks before symptom onset」ということがわかりました。すいません。日本語にすると生々しいので。
最初否定されたのにさらにしつこく聞くってのが、すごいところですね。なかなかできることではないと思うんですけど。やっぱり相当疑っているんですね。
とにかく、これで診断が付きます。淋菌、ヘルペス、梅毒とかいうところが鑑別に上がってきました。嚥下痛ならヘルペスが考えやすいようです。あと、HIVはどうしても外せないので検査を繰り返しています。この時点で感染しているかということだけでなく、新たに感染するんじゃないか、ということも考えているんじゃないかなと思います。HIVに関しては記述がほんとにしつこいので。
あと、「感染症医の目」でリンパ節腫脹がないかどうかをチェックすべき、と誇り高く宣言されていますね。(・_・;)
喉の違和感っていうのは、梅毒にとってはあんまり一般的ではないらしいんです。でもそれは、昔梅毒がよくみられた時期にそういう喉に梅毒が植え付けられるような行為が一般的だったかどうかによるのかな、という気がします。興味があれば検証して教えてください。
さて、追加の情報です。このときになって新しく皮膚病変を発症しています。びまん性の丘疹が、体幹、手足にたくさん出て、手のひらにもsolitary scaly lesionが出ています。では、診断はなんでしょうか。

かば:梅毒ですね。

かわうそ:そうです。2期の梅毒です。1期は硬性下疳とかで、2期はこのような皮疹が出ます。それ以上だと、神経梅毒とかになるんでしょうね。
RPRとトレポネーマのIgG抗体で診断確定です。
ここで問題になるのは、ペニシリンでアレルギーが出ていたという病歴です。梅毒の治療といったらまずはペニシリンですから。で、よく聞いてみると、嘔気・嘔吐はあったようですが、皮疹はなかったようで、これは腸内細菌叢の乱れであってアレルギーではないと判断されました。2.4million単位のベンザチンペニシリンを1回筋注して治療終了です。

かば:そっか。筋注1回でいいんですね。

きりん:それいいですね。でも、日本にないやつですね。よく感染症の先生が「すごいいいけど日本にはない」と嘆かれていますね。

かわうそ:私はこれまでこれを1回も使おうという気になったことがないので、梅毒みていない我々にとっては、いまいち必要性を実感できないですけどね。でも、内服だと4週間飲み続けるようなので、その差はやっぱり大きいです。
で、副作用はなく、4週間後には皮疹もリンパ節腫脹、自覚症状も消えました。よかったですね。RPRも下がりました。
あと、扁桃腺の生検を見なおした結果が…。すいません。カラーで印刷しないとわかりにくいですね。ケチって白黒にしてしまいました。この淡いほにゃっとした線がスピロヘータです。実はちゃんと見えていましたんですね。PCRでもTreponema pallidumということを確認しています。保健所に連絡して接触者の追跡が始まっています。けっこうめんどくさい仕事です。

かば・きりん:うーん。

かわうそ:梅毒っていうのは、多彩な症状をとります。あだ名が「great masquerader(偉大な仮面舞踏会の参加者)」というらしいです。commentaryのところに梅毒についてまとめていますので読んでいただければと思います。
とりあえず、最初の症状は、梅毒が植え付けられたところにでてくるpainless ulcerなんですが、この病変が体表面にあればわかるかもしれません。でも、あるとしても鼠径ですよね。ていうことは、普通の診察ではわからないということなんです。さらに、この症例のようにのどの奥にできたり、vaginaやrectumにできた場合は、なおさらわからない。painlessなので患者さんからの訴えもないので。これが終わって6週間後には第二段階になって先ほどのような皮膚病変がでてきます。これも、8週間後には自然に治ってしまいます。ここからは休眠期の梅毒になります。時々は皮膚病変が出るみたいですが、最終的には破滅的な神経・心血管系の症状が出てきます。でも、どの段階でも感染性があるのが問題です。
治療としてはペニシリンに決まっている、みたいなことを書いています。1-2期なら筋注1回でいいし、潜伏期でも3回でいいみたいです。

かば:ペニシリンすごいですね!

かわうそ:あとはHIVのことですね。こういうPatientは、年に何%かは感染してくるので、きちんとフォローしましょう。
最後にこれを言っておかないといけませんね。おそらく著者が伝えただろうことを代弁させていただくと、やっぱり病歴聴取をしっかりすることが一番大切です。それがなかったばっかりにこの患者さんは不必要な扁桃切除を受けてしまったんです、ということを怒りを込めて書いてあります。
この前私たちも似たような事件を経験しましたからね。なおさら思います。

かば:ははは。ねえ。
でも、わたしはこれずっとHIV感染だと思っていました。急性期のHIVは咽頭痛くるじゃないですか。

かわうそ:なるほど、それでHIVについての記載がしつこいのかもしれませんね。
でも、こういうのがうちの病院の救急外来に来てもおかしくないですからね。

きりん:ある先生が救急外来でけっこう詳しく問診を取ってるみたいなんです。けっこうカルテたまってしまうんですけど。あるとき、夜のお仕事をしていそうなアジアの方が来て、のどが痛いと言うんです。いつものように親身に話を聞いてみると、むこうで美容整形をするとかなりの確率でHIVに感染するということがわかって、それも心配していたみたいです。で、喉をみたら真っ白で、これはカンジダだということになって。調べたらHIV陽性だったみたいです。その先生の評価がガラッとかわった瞬間ですね。

かわうそ:うーん。すごいですね。

かば:ふだん聞き慣れていないと聞けないし、そうなるとどんどん聞かなくなるという悪循環に陥りますね。
妊娠してるかどうかかすら聞きづらいのに。

きりん:性交渉のことを1回聞いて、ありませんと言われてどこまで食い下がれるのか…。

かわうそ:夜中にわざわざ喉が痛いだけで来てるのか、というとこもちょっとは考えないといけないのかもしれませんね。中にはHIVが心配でしょうがなくて、医者から尋ねてほしいと思っている人がいるのかも。

かば:梅毒はちゃんと見たことありませんが、マンガではよくありますね。「動物のお医者さん」とか。「大奥」では登場人物が一人亡くなるっている。

きりん:よしながふみの大奥ですか?ありましたっけ?記憶にない…。

かわうそ:恥ずかしながら私は「きのう何食べた?」しか読んだことありません…。

かば:あれ持ってます。現実的な料理が載ってるので、よく作ってます。楽なんですよ。

かわうそ:実際に作ってるんですか?美味しそうだなという感想しかなかったです。
でもまあ、今となっては入院時の感染症でRPRが陽性だったとしても、そっとスルーしてしまうんですけどね…。つい、偽陽性だろうとか思ってしまって…。反省します。